住宅の情報化の動向

目次 (2022/11/4 ver.0.02)

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1.Smart Homeの動向

ここでは、「住宅の情報化」=「Smart Home」と捉え、Smart Homeの動向の概要をまとめます。
Smart Homeの動向は、2022年10月4日に発表された「Matter 1.0」規格の出現で激変しています。

目次

1.1 高齢者の見守り機能の実装を容易にする「Matter 1.0」の出現

2022年10月4日に発表された「Matter 1.0」規格は、標準化団体「CSA(Connectivity Standards Alliance、旧ZigBee Alliance)」が発表したものです。
主にSmart HomeにおけるIoT(モノのインターネット)Connected Device間の相互運用性向上を目指していくものです。
以下にSmart Homeにおける「Matter 1.0」の特徴を列挙します。
特徴1: デバイス間の相互運用性を可能にする
スマート ホームはこれまで、デバイス間の相互運用性の欠如に悩まされてきました。
この問題に対処するために、CSA は、Google、Apple、Samsung などの業界リーダーと共に、相互運用性に重点を置いた IoT プロトコルである「Matter 1.0」を開発しました。
この最初のリリースは、Wi-Fi、Thread、およびイーサネット上で動作します。
特徴2: タブレット・スマートスピーカのアプリで、Smart Home機器(家電製品等)の制御が可能になる
「Matter 1.0」では、スマホ・タブレット・スマートスピーカのアプリは、「Commissioner」と呼ばれる重要な機器の位置づけになります。
「Commissioner」は、音声入力や画面タッチで、従来の家電製品におけるリモコンの役目のように、Smart Home機器の制御を行う事ができます。
「Commissioner」とSmart Home機器とのコミッショニングは、BLE(Bluetooth Low Energy)を使用して、「ペアリング」ボタンを押す事で開始されます。
「Commissioner」は、照明と電気、HVAC コントロール、窓カバーとシェード、セキュリティ センサー、ドア ロックなどのSmart Home機器のホストをサポートします。
「Commissioner」は、従来の家電製品におけるリモコンの役目に加えて、以下のような住宅内の情報の収集も容易になります。
  • 住宅内の室内空間情報(家具・什器)、家電)
  • 生活パターン・生活リズム(出勤・帰宅の時間、通勤時間、睡眠時間)
  • ライフイベント(就職、結婚、出産、子供の入学)
特徴3: スマホ・タブレット・スマートスピーカのアプリで、高齢者の見守り機能の実装が容易になる
スマホ・タブレット・スマートスピーカのアプリ(Commissioner)が、「Matter 1.0」によるSmart Home機器(家電製品等)の制御を行う事が出来るようになった上に、 住宅内の色々な情報を容易に収集できるようなったので、「Commissioner」内に高齢者の見守り機能を実装する事が容易になりました。
例えば、国交省の「IoT技術等を活用した次世代住宅懇談会について」の資料(5/5page)によると、 「介護・高齢者見守り」に対する要望への消費者アンケート結果では、以下の項目が挙げられています。

①ホームヘルパーによる介護サポート
②食材の宅配
③調理済み食品の宅配
④通話機能付き見守りカメラ*
⑤生活家電の利用状況モニタリングによる異常…*
⑥センサーによる異常検知/介護者に通知*
⑦センサーによる異常検知/警備会社に通知
⑧バイタルデータの医療機関送付・モニタリング*
⑨GPS/地域住民による見守り
⑩GPS/警備会社の現場急行サービス
⑪介助なしで利用できる風呂・トイレ設備
⑫行政・ケアマネ等からの情報提供*
⑬行政・ケアマネ等による相談窓口*
⑭介護者同士のネットワーク・コミュニティ*

上記の内、「Matter 1.0」における「Commissioner」が、対応できそうなものを「*」で示しました。
「Matter 1.0」の出現が、スマホ・タブレット等に高齢者の見守り機能を実装する場合の追い風になっています。

1.2 「Matter 1.0」以外の住宅の情報化(IoT化)の要因

次に「Matter 1.0」以外の住宅の情報化(IoT化)の要員を見て行きます。
最先端技術を搭載した家電や設備がつぎつぎと登場している現在、これからも住宅の情報化(IoT化)が加速していくと考えられています。
その主な要因として以下の2つが挙げられます。
要因1: AI(人工知能)の発展
スマートフォンの音声アシスタントや掃除ロボットなどは、すでに身近な存在ではないでしょうか。
最近ではハンドルを握らずとも運転してくれる自動運転技術や、センサーで商品を識別する技術なども登場しています。
今後AIがどのように発展していくか、どのように活用されていくか、可能性は未知数です。
日々研究や開発が進められており、家庭内で多くのIoT機器と共存していく未来も想像できます。
要因2: 5Gへの対応
2010年代に登場した4G(第4世代移動通信システム)でスマートフォンの通信速度が早くなり、大容量のコンテンツが楽しめるようになりました。
そして2020年代に入って、5G(第5世代移動通信システム)の商用サービスが始まり注目を集めています。
5Gの特徴として以下の3つが挙げられます。
  • 高速大容量通信
  • 高信頼で低遅延通信
  • 多数同時接続
5Gでは、スマートフォン以外の端末も高速通信が可能になり、4K・8Kなどの高画質で動画鑑賞を楽しめます。
低遅延通信では、これまで以上にリアルタイム性が高まり、自動運転や遠隔医療の可能性も広がるでしょう。
また、4Gより約10倍の台数との同時接続が可能で、さらに住宅のIoT化の発展が期待できます。

1.3 住宅の情報化(IoT化)で何ができるのか

住宅業界はニーズが高まる情報化(IoT化)に向けて、さまざまなサービスや設備の開発に取組んでいます。
少子高齢化や共働き世帯の増加という社会的背景にともない、人々の暮らしにも変化が表れていることから、住宅設備やサービスに関してもニーズに合わせた対応が必要です。
代表的なIoTには、次のような機能が挙げられます。
①家電や設備をスマートフォンで操作
照明や玄関の鍵などにIoTデバイスを導入することにより、電源や鍵に直接触らなくても操作できます。
スマートフォンやタブレットに入れたアプリ上で、電気のオンオフや玄関の施錠が可能になる仕組みです。
外出先からスマートフォンひとつで部屋の電気を消灯できたり、玄関の鍵を施錠できたりすることで、住む人の利便性は大きく向上します。
なかには、窓の開閉状況がスマートフォンに通知されたり、異常を検知したときにアラートが出されたりするなど、セキュリティ機能を備えたサービスもあります。
②住宅エネルギーの最適化
電気やガス、水道などの生活にかかわるエネルギーの使用量をデータ化し、ネットワーク経由で管理することにより、光熱費の削減やエネルギーの最適化が図れます。
近年では、家庭内のエネルギー使用量を見える化できるHEMSに関心が寄せられています。
そのため、異なるメーカーの製品でもHEMSに対応できるIoT製品やAI設備の開発も期待されている状況です。
住宅エネルギーの最適化は家庭内の不要なコストを減らし、生活の質の向上につながります。
③遠隔地からの見守りサービス
遠隔地から見守りができるIoTを住まいに導入することにより、高齢者や子どもに起こりやすい家庭内の事故を防止したり、緊急時はスマートフォンに通知したりといったセキュリティの強化が可能です。
また、遠隔操作によって、掃除や洗濯といった家事を効率化できるなど、住む人の生活スタイルに合わせた便利な設定も可能です。
IoTに対応した住宅は、離れた場所に高齢のご家族がいる場合や、子育てと仕事を両立している世帯において必要性が高いと言えます。

1.4 「Matter 1.0」による住宅の情報化(IoT化)のイメージ

①Commissioner機器(スマホ・タブレット・スマートスピーカ)で家電製品等の操作(制御)が可能になる
色々なメーカの色々な「Smart Home」機器を統一的に扱える「Matter 1.0」を使用して「Smart Home(Connected Home over IP)」を実現できるようになりました。
以下に示すように「Smart Home」の主役は、「Commissioner」と呼ばれる機器(スマホ、タブレット、スマートスピーカ)です。
「Commissioner」は、家庭内に暮らす人間とのインターフェースとなり、従来の家電製品等のリモコンの代替となります。
「Commissioner」が従来のリモコンと違うのは、家電製品等の操作を音声で指示できる事と、家庭内の複数の家電製品を制御できる事です。
「Commissioner」機器と「Matter 1.0」機器(家電製品等)との接続開始は、Bluetooth(BLE)が使用されます。
②「Matter 1.0」による「Smart Home」機器の接続手順
  1. コーヒーメーカーのようなMatter規格の機器を購入すると、機器には関連するソフトウェアがあらかじめ搭載されており、独自のアイデンティティと認証ステータスを証明する一連のクレデンシャルが提供されます。
  2. Matter規格の機器を自宅に追加する方法は簡単で、スマホやタブレットのようなCommissioner機器でQRコードを読み取り、本機のペアリングボタンを押します。
  3. お客様のCommissioner機器がデバイスの初期認証情報を確認し、ネットワークにセットアップします。
  4. これで完了です。お客様の新しいコーヒーメーカーは、オンラインですぐに使えます。
  5. Commissioner機器の操作は、スマホでも操作できますが、スマートスピーカーなど、ご自宅に設置されている機器でも操作できます。

図1: 「Matter 1.0」による「Smart Home」機器の接続手順

③「Matter 1.0」のIPv6ベースのネットワークスタック
色々なPAN(DSL, DOCSIS, Cellular, Ethernet, WiFi, Thread, BLE)上にIPv6を流す。

図2: 「Matter 1.0」のIPv6ベースのネットワークスタック

④「Matter 1.0」の機能の階層構造
図3は、「Matter 1.0」の機能の階層構造の性質を示しています。
[Application]層
プロトコル スタックの最上位 (アプリケーション) 層は、特定の種類のデバイスに関するすべての情報が存在する場所です。
温度センサーの場合、ここで温度の読み取り値が定義されます。
このアプリケーション層には、ウィンドウ ブレーク センサー、サーモスタット、ドア ロック、コーヒー メーカーなど、さまざまな種類のデバイスのさまざまなプロファイルが含まれています。
オンまたはオフの指示などのコマンドは、このレイヤーで発生します。
[Data Model Structure]層
次は、データ モデルの構造です。
これは、アプリケーション データがどのように構造化されているかです。 それは基本的に名詞、その定義です。
[Interaction Model Actions]層
次に、インタラクション モデル レイヤーは動詞を定義します。
これはデータ モデル レイヤー アイテムによって実行されるアクションです。
たとえば、照明の調光レベルを変更したり、照明の調光レベルにサブスクライブしたりして、何か変更があれば更新されます。
[Action Framing]層
アクション フレーミング レイヤーは、これらのアクションがネットワークにどのように配置されるかをビットとバイトで記述します。
[Security Encryption & Signing]層
セキュリティ レベルは、暗号化、署名、認証、およびすべてのレイヤーの機密性と保護を提供します。
[Message Framing & Routing]層
次に、メッセージはフレーム化され、IP を介してネットワーク経由でルーティングされます。
[IP Framing & Transport Management]層
トランスポート管理は、送信されたメッセージが確実に配信されるようにします。
通過しなかった場合は、確認されるまで再送信されます。

図3: 「Matter 1.0」の機能の階層構造

⑤典型的な「Matter 1.0」による「Smart Home」ネットワーク
デバイスがネットワークに持ち込まれ、コミッショニングがトリガーされると、デバイスはビーコンを開始し、Bluetooth ネットワークを介してメッセージを送信し、場合によっては Wi-Fi を介してメッセージを送信し、その存在を認識して、ネットワークとその ID 情報に追加する必要があります。
コミッショナーはこれらのネットワークをリッスンし、スキャンしたデバイスを探し、デバイスとの安全な接続を確立します。
製品の試運転時にのみ使用される QR コードには、デバイスの製造時に工場で割り当てられた固有の長乱数であるセットアップ コードまたはパス コードが含まれています。
ベリファイアとセットアップ コードは、Password-Based Key Derivation Function (PBKDF) で使用されます。
このように、Matter はかなり短いシークレット (約 27 ビット) を使用して、コミッショナーとデバイスまたはコミッショニーの間の通信を保護するために使用される長い 256 ビットのシークレットを作成します。 これで、長い乱数を使用して、それらの 2 つが安全な通信チャネルを持つことができ、コミッショナーはデバイスを認証して、コミッショニングと Matter 認定に対して真正であることを確認できます。
これは、デバイスとのハンドシェイク、認証宣言 (Connectivity Standards Alliance からのデジタル署名付きトークン) の取得、署名の検証、デバイスからのデバイス認証証明書のコピーの取得、Connectivity Standards Alliance へのリンクの検証によって実行されます。
これにより、このタイプの製品が Matter にリンクされているだけでなく、この特定のデバイスが本物で偽物ではないことが確認されます。
一意のキー ペアには、Connectivity Standards Alliance が信頼されたルートとして含まれています。
デバイスが認証されたので、コミッショナーはデバイスに新しいキー ペアを作成し、新しいキー ペアから認証要求を送信するように要求します。 これが完了すると、コミッショナーは新しいデバイスの新しい証明書を作成または取得し、ノード識別子とともに送信します デバイスに戻ります。
この時点で、デバイスには、ホーム ネットワーク上の他のデバイスとの認証に使用される ID、つまりその運用資格情報があります。
実際、公開鍵基盤 (PKI) 識別子は 2 つあります。
1 つは Connectivity Standards Alliance に基づいたデバイス認証 PKI であり、デバイスが家庭に入ると、別の PKI からの新しい運用証明書がネットワークで使用されるようになりました。
新しい名前、証明書、およびキー ペアは、家庭で使用されている運用 PKI から取得されるため、家庭内の他のすべてのものがこの ID を認識し、信頼します。

図4: 典型的な「Matter 1.0」による「Smart Home」ネットワーク

2.Smart Homeの市場

ここでは「Matter 1.0」規格の出現で激変するSmart Homeの市場についての記事を紹介します。
記事の紹介なので、一部、他の情報と重複している部分があります。

目次

2.1 Smart Homeのデータから生まれる次世代マーケティング ―

●スマートスピーカーの登場とスマートホーム
「Googleの「Google Home(グーグルホーム)」、Amazonの「Amazon Echo(アマゾンエコー)」、Appleの「Home Pod(ホームポッド)」、LINEの「クローバウェーブ(Clova WAVE)」。
2014年に登場した「Amazon Echo」を皮切りに、スマートスピーカーが続々と登場している。
スマートスピーカーにはそれぞれAI音声アシスタントが搭載されており、「Google Home」にはGoogle Assistant、「Amazon Echo」にはAlexa、「Home Pod」にはSiriといった具合だ。
スマートスピーカーの登場と共に、スマートホームがにわかに大きな注目を浴びている。
スマートホームとは、家電製品や電気等のエネルギー、照明やカーテン、鍵などのセキュリティなどをスマートスピーカーの音声認識を通じて一元的にコントロールすることを指す。
欧米では「コネクテッド・ハウス」とも呼ばれている。
スマートホームは、消費者の視点から見ると、話しかけるだけで家のあらゆるものが自動的にコントロールできるSF映画のような世界である。
一方、ビジネス的な視点で見てみると、スマートホームはIT業界、家電業界、不動産業界の各業界の大手プレイヤーが入り乱れる戦略的要所とも言える。
家電業界では、シャープの「ホームアシスタント」などの「シャープスマートホームソリューション」、ソニーと東京電力の「TEPCOスマートホーム」、スマートHEMSやスマート家電を積極的に展開しているパナソニックは新しい住環境サービスの開発プロジェクト「HomeX」を発足させている。
また、スマート家電メーカーのベンチャーとしてCerevo(セレボ)は、面白いIoT家電を続々と開発している。
更に海を越えると、例えば韓国ではサムスンが「SmartThings」、LGが「SmartThinQ Hub」といったスマート家電を繋ぐスマートホーム用製品を展開している。
不動産業界では、特にハウスメーカーがスマートホームの動きを見せている。
例えば、大和ハウス工業は様々な住宅設備や家電がIoTを活用することで繋がる「Daiwa Connect(ダイワコネクト)」プロジェクトをスタートさせ、Google Homeによる音声操作ができる住宅を目指している。
また、ミサワホームは従来のスマートHEMSに加えIoTを活用してライフサービス機能をワンストップで提供する「LinkGates(リンクゲイツ)」を商品化させている。
オープンハウスは、ソフトバンクグループと共同で、IoTやAIなど最先端技術の実証実験の場として既存の枠組みにとらわれずアイデアやテクノロジーを”1つの家“に結集することでイノベーションを生み出していく「MASACASA!(マサカーサ)」プロジェクトをスタートさせている。
このようにスマートホームは、IT業界、家電業界、不動産業界が注目するホットスポットとなっている。
●スマートホームが注目を浴びる背景
先述のような住宅や室内における家電・什器・住宅設備×デジタルという発想は、以前から存在している。
では、なぜ近年急激にスマートホームが注目を浴びているのだろうか。それを解く鍵は3つあると考えている。
①次世代ユーザーインターフェース(以降UI)
②AI
③One to Oneマーケティング
である。
①次世代UI
現在FinTechの諸サービスやUber・Airbnbなどのデジタルビジネスがブレークスルーした要因の1つがスマートフォンにある。
そして、このスマートフォンに次に来るUIがGoogle Home、Alexa、Siriなどの“音声アシスト”だと言われている。
こうした音声アシストのメリットは、何と言っても両手が塞がることなく操作できる点にある。
例えば、主婦の方が洗い物をして手が濡れている状態でも、声で家電を操作することが可能となる。
更に、音声認識技術や自然言語解析技術が進み人間の言葉を正確に把握できるようになれば、操作時間も手動操作よりも音声操作のほうが圧倒的に短くなることが予想される。
②AI
スマートスピーカーやIoTなどのデバイスが繋がる先には、必ずクラウド上のビッグデータが存在する。そのクラウド上に蓄積される様々なビッグデータをAIによって分析できるような環境も整いつつある。
つまり、キッチン、リビングルーム、寝室、風呂など住宅内の様々な場所の家電・什器・住宅設備のデバイスがクラウド上のAIに繋がるようになり、そこに住んでいる住民の行動データ、趣味・嗜好、心理状態まで把握することができる世界が近い将来訪れようとしているのではないだろうか。
この近い将来訪れようとしている世界が、3つめの③One to Oneマーケティングに繋がってくると考えている。
③One to Oneマーケティング
現在でもインターネット上の消費者の行動はある程度追えるようになっているが、一方でリアルの世界でその人が何をしているかを把握することは困難である。
勿論、SNSや位置情報などにより断片的には把握することは可能であるが、それはどちらかと言えば現在のインターネット上の消費者行動の把握の延長線上でしかない。
その点、スマートホームではその欠落していたリアルの世界の消費者行動データも把握することができるようになるため、消費者の本当の姿が見えてくるのだ。
これは時代を振り返って大局的な見方をすると、テクノロジーとビジネストレンドと取得データの間で起きている大きな潮流とも言えるだろう。
つまり、時代と共にテクノロジーが進展し、テクノロジーの進展と共に新たなビジネストレンドが生まれ、そのビジネストレンドによって企業サイドは次第に個人サイドに侵食しつつデータ取得できるようになってきているのだ(図1参照)。

出所:NTTデータ経営研究所にて作成

スマートホームに代表されるような個人サイドに近い情報としては、室内空間情報、思考・趣味、生活パターン・生活リズム、ライフイベントなどが考えられる。
現時点では仮説の域を出ないが、これまではビジネスの商流は個人のニーズ発生がトリガーであったものが、こうした情報を企業サイドが取得することでニーズ発生を予測し、企業サイドから最適なレコメンドをすることが将来可能となるだろう。
このように将来はビジネスのやり方、特にマーケティングが従来から大きく変わってくることは容易に想像がつく(図2参照)。
ビジネスというのは如何に消費者が求めるものを創り、その商品を如何に本当に求めている消費者に届けるのかがビジネスの本質である。
スマートホームによって得られたクラウド上の消費者のデータを活用することで、消費者が真に求めているニーズを捉えることもできるようになると共に、消費者が最も欲しいタイミングで欲しいものをレコメンドすることができるようになる。
これこそビジネスの本質であり、真のOne to Oneマーケティングの実現である。
従って、こうしたマーケティングデータは業界を超えた武器となることから、GoogleやAmazonのような巨人達の狙いの1つはこうしたマーケティングデータにあるのではないだろうかと思いを巡らさずにはいられない。

出所:NTTデータ経営研究所にて作成

●スマートホームから蓄積されるデータの市場流通の可能性とリスク
2017年夏、ロボット掃除機ルンバの開発メーカーiRobot(アイロボット)は、ルンバで収集した部屋の間取りデータ販売を検討しているという報道を否定すると共に「ルンバの間取りデータは将来的にスマートホーム向けデバイスと通信して活用できると考えている」とコメントを出した。
一方、日本国内においてもEverySense(エブリセンス)や日本データ取引所などIoTデータの売買仲介取引所が立ち上がっており、2017年2月に政府がビッグデータ売買の指針を発表している。
このように国内外では、取得したIoTデータの活用・流通が広がりつつある。
ただし、こうしたデータの活用には個人情報の漏洩リスクや不安が付き纏う。関係各社はユーザーの許可が無い限りは当然目的以外への活用は行わないとするであろうが、インターネットに繋がっている以上、漏洩リスクは完全にゼロとは言えない。
企業が保有する顧客データの流出事件は日常的に発生し、社会に広く普及している防犯カメラを覗き見できるサイトが問題となったり、2018年に入り仮想通貨取引所コインチェックからNEM(ネム)が不正流出した事件が起きたりしている。
従って、スマートホームの拡大やIoTデータの流通と同時にこうしたリスクへの更なる対策の必要性は言うまでもない

2.2 「Matter 1.0」規格による「Smart Home」製品の相互接続

●「Matter」とは
Matterは、スマートホームの主要企業が集まり、コネクテッドデバイスの安全で信頼性の高い相互運用性を実現するための規格を開発する初めての試みです。
しかし、Matterが重要なのは、これが単なるスマートホームにとどまらず、あらゆる接続機器に適用できる可能性があるからです。
これまで、ブランドを超えたデバイス間コミュニケーションは不足していました。
しかし、Matterがスマートホームの消費者に広く普及すれば、より多くのデバイスとの互換性が高まり、ブランドに関係なく、安全でシームレスにつながるスマートホームを簡単に購入することができるようになります。
しかし、シームレスに接続されたデバイスのメリットは、スマートホームの枠をはるかに超えて広がる可能性があります。
これにより、スマートシティやコネクテッドビルが確実かつ安全に相互運用され、さまざまなブランドのコネクテッドヘルス機器がネイティブに連携し、さらには宇宙で機器を確実に接続することができるようになるでしょう。
●グローバルに通用する米国規格
Matterは、CSA(Connectivity Standards Alliance)によって米国で立ち上げられ、世界中で安全かつシームレスなデジタル接続を可能にする世界基準となる予定です。
Matterは、Apple、Google、Amazon、Samsungなど、スマートホームに関わるすべての大企業を含むコネクテッドデバイス業界を統一しつつあります。
これは、コネクテッドデバイスがシームレスに統合されるための信頼性の高い、安全な承認シールとなることを約束するもので、世界中のコネクテッドデバイスが氾濫する市場に貢献するものです。
●スマートホームから始まる
Matterは単なるイニシアチブではありません。
BluetoothやUSB、WindowsのPlug and Playのように、これから一般的な名称になる規格です。消費者が新しいスマートサーモスタットを買うときに、スピーカーを買うときに "Bluetoothは付いていますか?" と聞くのと同じように、"このデバイスはMatterを搭載していますか?" と聞くことが想像できると思います。
つまり、コネクテッドデバイスにMatterを搭載することは、将来の製品の差別化要因になるのです。
スマート照明、ドアロック、サーモスタット、ホームエンターテイメントシステムなど、Matterは消費者がコネクテッドホームを簡素化し、選択した単一の音声アシスタントからすべてを管理することを可能にします。
●スマートシティ&コネクテッドビル
Matterによって、スマートシティやビルディングは、複雑でばらばらのシステムでなく、何もしなくても接続されるようになるかもしれません。
そうすれば、照明からエネルギー消費、アクセスに至るまで、建物のあらゆる接続面がシームレスに統合され、全体的な情報を提供できるようになります。
また、コネクテッドエコシステム内の信頼性の高いデータ共有に基づき、電力、水、照明、排出ガスを活性化するシステムをより適切に制御することで、スマートシティやコネクテッドビルの環境保全に貢献することも可能です。
実際、家庭内のディスプレイひとつで水と電気を監視できるスマートエネルギーシステムは、現在すでに存在しています。
これらのシステムを都市レベルまで拡大することができれば、相互運用性を持つMatterのような規格により、1つの集中コントローラから様々なシステムを管理することができるようになるでしょう。
●コネクテッド医療の可能性
安全で信頼性の高い通信を行うことができるコネクテッド医療機器を想像してみてください。
スマートホスピタルには、スマートホームよりもさらに多くのデバイスがあり、管理者が迅速かつ安全に監視する必要のある、機密性の高い重要なデータが含まれている可能性があります。
医療システムの中には、さまざまなメーカーの機器があり、それらが連携して機密データをタイムリーに、かつ確実に転送する必要があります。
これらのデバイスには、患者モニターからスマートベッド、自動点滴ポンプ、さらには病院の鍵、サーモスタット、機器などの医療関連以外のデバイスまで含まれる可能性があります。
コネクテッド医療環境において、Matterは病院管理者に、より大きなコントロールとセキュリティ、そしてより簡単なデバイスの導入プロセスを提供することになるでしょう。
●月へ
Matterのようなプロトコルが宇宙空間にある機器に影響を与えるのは、遠い未来のことのように思えるかもしれませんが、すでに実用化されています。
スマートホームで使われているのと同じプロトコルが宇宙でも使われ、接続された機器が通信できるようになりました。
同じくCSAが主導するZigbeeプロトコルは、NASAの探査機と半自動の飛行ドローン との間のデータ転送に採用された無線プロトコルです。
火星でのZigbeeの利用について報告したThomas Ricker氏は、「Zigbeeがスマートホームに適していることは、赤い惑星へのミッションにも非常に適していることからわかった」と説明しています。
Zigbeeは低エネルギー方式を採用しているため、小型のスマートホーム機器や、この世にまだ存在しないような機器にも適しているのです。
Matter は低エネルギーで動くでしょうから - どうでしょう?- NASAが宇宙で使うこともあるかもしれません。
●今すぐMatterに準拠する
Matterのこうした潜在的な用途はまだ数年先のことかもしれませんが、接続機器のメーカーは今すぐMatterに準拠するための準備をすることができます。
規格に準拠したデバイスであれば、メーカーはデバイスにMatterのロゴを発行することができ、お客様はApple、Google、Amazon、その他スマートホームのあらゆる有名ブランドのお気に入りの製品とシームレスかつ安全に接続することができ、信頼することができます。

3.Smart Homeの製品

Google製品を中心にSmart Homeの製品の動向(新しい機能)を紹介します。

目次

3.1 Googleの「App Actions」機能

●音声でAndroidアプリを起動できる「App Actions」機能
2020年にGoogleアシスタントに関して、Androidアプリとの連携について大きなマイルストーンを迎えました。
2021年以降はAndroidを指で操作しなくなりますよ!指の代わりに、声で操作するようになっていきます。
そのための重要な技術として、「App Actions」があります。
2020年は、「App Actions」の環境整備が整った年となりました。
2021年は、多くのAndroid開発者がApp ActionsをAndroidアプリに組み込んでいく番です。
「App Actions」を使用すると、ユーザーはGoogleアシスタントを使用してAndroidアプリの特定の機能を起動できます。
ユーザーの観点から、「App Actions」は、アプリまたはアプリ内の特定のアクティビティに口頭でナビゲートするための迅速な方法をユーザーに提供します。

図1 Example App Actions ユーザ問い合わせフロー

●明示的呼び出し
インストール済みのアプリのウィジェットを明示的に呼び出すには、次のようにアシスタントに話しかけます。
「OK Google, ExampleApp ウィジェットを表示して」
「ExampleApp のウィジェット」
アシスタントには、「ExampleApp says, here's a widget」という一般的な紹介とともにウィジェットが表示されます。
アシスタントは、アプリ デベロッパーによる開発を必要とすることなく、この方法でリクエストされたウィジェットを返すようになっています。ただし、この呼び出し方法では、ユーザーがリクエストするウィジェットの明示的な知識を持っている必要があります。ウィジェットを簡単に発見できるようにするには、次のセクションで説明するインテント フルフィルメントの方法を使用します。
●インテント フルフィルメント
ウィジェットを使用してユーザーがアシスタントで実行する自然言語クエリを処理することで、ウィジェットを見つけやすくします。
たとえば、ユーザーが「OK Google, 今週は ExampleApp で何マイル歩いた?」と話しかけてフィットネス アプリの GET_EXERCISE_OBSERVATION BII をトリガーしたときにウィジェットを返すことができます。
ウィジェットを App Actions と統合すると、発見が容易になるだけでなく、次のようなメリットも得られます。
  • パラメータ アクセス:
    アシスタントがユーザークエリから抽出されたインテント パラメータをウィジェットに提供して、カスタム レスポンスを可能にします。
  • 案内用のカスタム TTS:
    ウィジェットの表示時にアシスタントが読み上げる TTS(テキスト読み上げ)文字列を指定できます。
  • ウィジェットの固定:
    アシスタントがウィジェットの近くに [このウィジェットを追加] ボタンを表示し、ウィジェットをランチャーに簡単に固定できるようにします。

3.2 Googleの「Google Home Mobile SDK」

Google の Play Service API と Android デベロッパー ツールを使用して、最適な Android Matter アプリを作成できます。
「Google Home Mobile SDK」を使う事で、自動的に「Matter 1.0」対応の「Smart Home」機器に接続して、各種の制御が出来ると思われます(調査を継続します)。

3.3 GoogleのSmart Home製品

●Nest Wifi Pro
Google からは、 Nest Wifi プロ メッシュルーター。 予約注文が開始されました。
Nest Wifi Pro の価格は 219.99 ユーロ、ダブル パックは 329.99 ユーロです。
以下に、すべての技術データと重要な詳細を示します。
Nest Wifi Pro は最新の WiFi 6E テクノロジーを搭載しており、WiFi 6 よりも最大 2 倍高速で、より優れたパフォーマンスと信頼性の高い接続を実現します。
しかし、WiFi 6E とは正確には何なのでしょうか?
この新しいトライバンド接続により、2.4 GHz、5 GHz、および 6 GHz 帯域へのアクセスが可能になります。
Google Home アプリを使用すると、ルーターを送信して、ステップバイステップの手順を利用できます。
同時に、アプリを介してネットワークを管理したり、速度テストを実行したり、ゲスト WiFi を設定したり、WiFi パスワードをすばやく共有したりできます。
単一のルーターは最大 120 平方メートルのエリアをカバーでき、デュアル システムは最大 220 平方メートルのカバー範囲を提供します。
Nest Wifi Pro には、互換性のあるスマートホーム デバイスの Threaded Mesh ネットワークを WiFi やその他のデバイスに接続するための組み込みの Threaded Border Router も含まれています。
新しいスマートホーム標準である Matter の発売後まもなく、Nest Wifi Pro は Matter デバイスを制御して接続できるようになります。
Nest Wifi Pro は、2 台のシステムで 329.99 ユーロ、ルーター 1 台で 219.99 ユーロでご利用いただけます。
Nest Wifi Pro は本日から予約注文できます。
新しいメッシュ WiFi システムは、10 月 27 日から Google ストアと、tink、Amazon、MediaMarkt、Saturn などのパートナーから入手できます。
●標準規格の「Matter 1.0」に対応したGoogleのSmart Home製品
米Googleは、同社のスマートスピーカーやスマートディスプレイ、ルーターから、スマートホーム規格「Matter」のデバイスを制御することができるようになったと発表しました。
MatterはGoogleが中心となり、AmazonやAppleなども参加するスマートホーム規格です。
現地時間10月4日には、Matterの標準規格となる「Matter 1.0」がついに策定。
今回の発表は、これに合わせたものとなります。
Googleは「Google Home」アプリを刷新することで、Matterに対応したさまざまなスマートホームデバイスを操作することができるようになります。
また、AndroidからもMatterデバイスの設定をすることができ、「Fast Pair」機能によってデバイスを自動的に検出し、安全に素早くセットアップすることが可能になりました。
さらに、先日発表された新型Wi-Fiメッシュルーターの「Nest Wifi Pro」はMatterのハブとしても動作し、将来的には、より簡単にスマートホームデバイスを管理することができるようになります。
さまざまなスマートホーム規格の垣根を取り払うべく、ついに標準規格が策定されたMatter。
これにより、グーグルのNest製品を含むスマートホーム市場がさらに盛り上がることが期待されます。

3.4 AmazonのSmart Home製品

Alexa で Matter を最大限に活用する
2014年以来、Amazonはオープンで協力的なアプローチを採用して、付加価値のあるエクスペリエンスを提供し、Alexa で成功できるよう支援してきました。
Alexa は、Wi-Fi、BLE Mesh、Zigbee、間もなく Matter、Thread などの主要なSmart Homeの通信プロトコルのデバイスを、数百万の新規および既存の Echo および eero デバイスでサポートします。
「Matter」は、オープン性とコラボレーションというスマート ホームの哲学を補完する重要なイノベーションです。
Amazonは、お客様に愛されるアンビエント スマート ホームを提供し、成功するビジネスを構築するという、この新しい旅にあなたと共に乗り出すことを楽しみにしています。
ロボット掃除機「ルンバ」で住宅内の情報を収集か
Amazonは、Alexa関連機器に加えてロボット掃除機「ルンバ」を「Commissioner」にして、住宅内の情報を収集する考えのようです。
「ルンバ」は、通常の「Commissioner」機器である「スマホ・タブレット・スマートスピーカ」と違って、 住宅内を動き回って情報を集められると言うメリットがあります。

3.5 SwitchBotのSmart Home製品

SwitchBotの「Matter 1.0」に対応したSmart Home製品は、まだ一部のみ
SwitchBotの「Matter 1.0」に対応したSmart Home製品は、まだ一部のみです。
現状,SwitchBotは「Matter」の参加企業に入っていません。
しかし、「Matter 1.0」に対応するメリットは大きいの、将来的には、全ての製品を「Matter 1.0」化すると見られています。

4.Smart Homeの通信規格: Matter 1.0

Smart Home機器の通信規格として、業界リーダーが参加し、相互運用性に重点を置いた IoT プロトコルである「Matter 1.0」を紹介します。

目次

4.1 Matter 1.0とは

2022/10/4に待望の Matter 1.0 標準が、Connectivity Standards Alliance (CSA) によってついにリリースされました。
スマート ホームはこれまで、デバイス間の相互運用性の欠如に悩まされてきました。
この問題に対処するために、CSA は、Google、Apple、Samsung などの業界リーダーと共に、相互運用性に重点を置いた IoT プロトコルである Matter を開発しました。
この最初のリリースは、Wi-Fi、Thread、およびイーサネット上で動作し、デバイスのコミッショニングに Bluetooth Low Energy を使用して、照明と電気、HVAC コントロール、窓カバーとシェード、セキュリティ センサー、ドア ロックなどのスマート ホーム デバイスのホストをサポートします。メディア デバイス。

4.2 今までのスマート ホームの問題点

現在のマルチプロトコル IoT エコシステムでは、消費者が相互運用可能なスマート ホームを望む場合、2 つの選択肢に直面しています。1 つのエコシステム内でのみデバイスを購入するか (Amazon Alexa 製品スイートなど)、複数のアプリやサービスを使用してすべてを制御する必要があります。彼らの「相互接続された」スマートホームデバイスの。
多くの業界専門家は、これら 2 つのオプションの不便さが消費者の参入障壁を生み出し、スマート ホーム製品の採用を制限していると考えています。

出典:IoT systems consist of diverse resources. Image used courtesy of W3C and Mouser
これらの課題に対処するために、Connectivity Standards Alliance と多数の業界パートナーが Matter を開発しました。
Matter は、 IoT デバイス間の相互運用性を実現するために設計されたオープンなワイヤレス接続プロトコルであり、特にスマート ホームを対象としています。
Apple、Samsung、Google、Amazon を含む 280 の業界リーダーのコンソーシアムによって開発された Matter は、すべての Matter 認定デバイスが動作できるデバイス間直接通信用のローカル ネットワークを作成することを目指しています。
Matter は、IP プロトコルを介した接続を活用します。
具体的には、Matter は、高帯域幅のアプリケーションでは Wi-Fi に大きく依存しており、家庭内にメッシュ ネットワークを作成することで、低帯域幅、超低消費電力の IoT アプリケーションでは Thread を活用しています。
サポートされているその他のプロトコルには、ZigBee と Z-Wave があります。

4.3 Matter 1.0がリリースされました

Matter 1.0 のリリースにより、IoT ハードウェア設計者は、Matter デバイスを作成、テスト、認定するための完全なプログラムを手に入れることができます。
このプログラムをサポートするために、CSA は 8 つの認定テスト ラボを発表しました。
これらのラボは現在、製品の認定とテストを行っています。

出典:Matter network stack. Image used courtesy of Moore Insight and Strategy
CSA はまた、テスト ハーネスとツールをリリースし、設計者と開発者向けにオープンソースのリファレンス設計ソフトウェア開発キット (SDK) を公開しています。
スマート ホーム デバイスのセキュリティとプライバシーに対処するために、Matter は分散台帳技術と公開鍵インフラストラクチャを使用します。
これらのテクノロジーは、デバイスの認定と来歴を検証して、ユーザーが自宅で本物の最新の IoT 製品に接続できるようにします。
CSA は、Matter 認定デバイスの流入が、相互運用性が標準である IoT デバイスの新しい未来を可能にし、スマート ホームへの参入障壁を減らし、最終的に IoT の一般的な採用を促進することを望んでいます。

4.4 スマートホームエコシステムの断片化

デバイスをホーム ルーターに接続することは、消費者にとって十分に理解されているプロセスかもしれませんが、適切なタイプのスマート ホーム デバイスを選択することは困難な場合があります。
ほとんどのスマート ホーム デバイスは、メーカー間およびエコシステムやプラットフォーム間で常に相互互換性があるとは限らないため、この課題は特に当てはまります。
最終的に、消費者は 1 つのエコシステムまたはプラットフォームを選択して選択肢を制限するか、それらすべてをサポートしようとするために多額の開発、調達、および保守コストを投資する必要があります。
各エコシステムまたはプラットフォームは、さまざまなテクノロジを使用しており、メーカーは単一のエコシステムに集中するか、さまざまなエコシステム用に単一のデバイスの複数のバージョンを設計する必要があります。
各エコシステムには、接続仕様、コンプライアンス要件、およびセキュリティ オプションが異なる可能性があります。
さらに、メーカーは、さまざまなスマート ホーム エコシステムの顧客にサービスを提供するために、さまざまな顧客サポート構造を提供する必要がある場合があります。
したがって、特定のプラットフォームへの投資は、消費者とメーカーにリスクをもたらします。
複数のプロトコルと接続オプションを扱うことは、エンジニアが製品を設計する際に克服しなければならない不必要な複雑さも追加します。
これらの制限により、安全で信頼性が高く、費用対効果の高いソリューションを実現することは、さらに困難になり、費用と時間がかかります。
テクノロジーが進化しても関連性を維持するために必要な将来の保証を提供するソリューションはなおさらです。
スマート ホーム デバイスの数が大幅に増加する一方で、相互運用性、信頼性、およびセキュリティに関する課題により、普及が妨げられています。
さらに、利便性、セキュリティ、生活の質の向上というスマート ホームの約束を真に実現できていないことがよくあります。

4.5 Matter コネクティビティは、将来性のあるスマート ホーム デバイスになる可能性がある

スマート ホーム インフラストラクチャは、サポートする接続オプションに左右されます。
理想的には、使用中のテクノロジーとプロトコルが以下をサポートする必要があります。
  • 幅広いアプリケーションとユースケース
  • さまざまなデータ転送速度
  • すぐに利用できるハードウェア実装
  • エネルギー効率
  • 安全
  • スケーラビリティ
ターゲット IC と Matter などの統一規格は、スマート ホーム セクター向けの効率的かつ強力な接続ソリューションの要求と要件に対応するのに役立ちます。
シリコン ベンダー、デバイス メーカー、エコシステム プロバイダーが協力して、Matter などの接続規格を開発しています。
さらに、Matter は、ネットワーク通信用の Wi-Fi やThread 、ネットワークへのデバイスのプロビジョニング用のBluetooth LEなどの既存の標準を活用してサポートします。
デバイス メーカーは、アプリケーションの特定の要件に応じて、1 つまたは複数の通信方法をサポートできます。
MatterとWi-Fi
Wi-Fi は、ほぼすべての家庭やオフィスで広く利用されており、Wi-Fi 対応デバイスを既存のネットワークに接続することはよく知られています。Wi-Fi は、ビデオ/オーディオ ストリーミングや音声通信などの高帯域幅アプリケーションを可能にし、クラウド接続へのブリッジを提供します。
Matter は、Wi-Fi 向けに標準化された最初のアプリケーション レイヤーです。
MatterとThread
Matter には、安全で信頼性が高く、エネルギー効率に優れたメッシュ ネットワーキングプロトコルであるThreadのサポートも含まれています。
このメッシュ ネットワーキングプロトコルは、インターネットで実証済みのオープン スタンダードを使用して、インターネット プロトコル バージョン 6 (IPv6) ベースのメッシュ ネットワークを作成します。
通常、メッシュ ネットワークには、家庭とインターネットの間のインターフェイスとして専用のゲートウェイまたはハブが必要です。
ただし、IP ベースのプロトコルとして、Thread はこの制限を排除します。
より詳細には、スレッド メッシュ ネットワーク (図 2) は、ボーダー ルーター、メッシュ エクステンダー、およびエンド デバイスの 3 種類のデバイスで構成されます。

図 2.この図は、Matter Smart Home ネットワーク トポロジの一部としての Thread メッシュ ネットワークを示しています。これには、スレッド メッシュ ネットワークをホーム ネットワークに接続し、続いてインターネットに接続するスレッド ボーダー ルーター、複数のスレッド メッシュ エクステンダー、および 3 つのバッテリ駆動のスレッド エンド デバイスが含まれています。
画像はThread Groupの厚意により使用されています。

スマート スピーカーやアクセス ポイントなどのさまざまな商用電源デバイスに組み込まれた Thread Border Router は、Thread ネットワークを Wi-Fi やイーサネットなどの他の IP ネットワークに安全かつ透過的に接続し ます。
アクセス ポイントが Wi-Fi 用に行うのと同じように、どのブランドの Thread Border Router もすべての Thread デバイスをユーザーのネットワークに接続できるため、専用のハブやブリッジが不要になります。
Thread Mesh Extender は、パケットをメッシュ ネットワーク内の他のデバイスに転送し、ネットワークを家や建物の隅々まで拡張します。
これらのネットワークは、デバイスが追加されると自動的に拡張され、より強力で信頼性の高いネットワークが構築されます。
さらに、スレッド エンド デバイスはメッシュ ネットワークに接続しますが、パッケージを他のデバイスに転送しません。
これにより、パワーダウン モードのままにし、親デバイス (メッシュ エクステンダー) からのメッセージで定期的にウェイクアップして、何年にもわたるバッテリー寿命を実現できます。 .
スレッド ネットワークは、自己形成、自己管理、および自己修復機能を備えており、単一障害点がなく、堅牢で回復力があり、使いやすいです。
サウンドバーやホーム ルーターなど、電源を使用するスマート デバイスには、スレッド ボーダー ルーターを組み込むことができ、スレッド ネットワークを他の IP ネットワークに接続する機能を追加できます。
スマート センサーなどの超低電力スレッド エンド デバイスは、スレッド ボーダー ルーターを介してクラウドへの接続を確立し、何年にもわたるバッテリ寿命を維持できます。
そのため、Matter は Thread をバッテリー駆動の IoT センサーなどの低データ帯域幅アプリケーション向けの低電力 IPv6 通信チャネルとして活用します。
スレッドベースのメッシュ ネットワークは、その性質上、エンド デバイスを簡単に追加および削除できるため、お客様にメリットがあります。
ライン電源の Thread 境界ルーターにより、Thread ネットワークは他の IP ネットワークに接続できます。

4.6 Matterを使用する 4 つの主な利点

Matter は、接続をシンプル、安全、信頼性が高く、シームレスにすることを目指しています。
以下は、互換性のあるすべてのデバイスが相互運用可能であり、エンドユーザーにプラグアンドプレイのようなエクスペリエンスを提供することを保証する、Matter の 4 つの基本的な利点です。
1. 接続の基盤として IPv6 を使用
IPv6 を接続の基盤として使用することで、Matter は、今日すでに広く利用されている、テスト済みで実証済みの IP ベースのネットワーク上に構築することができます。
さらに、IPv6 により、Matter は上位層のソフトウェアを必要とせずに、ネットワーク層で複数のネットワーク インターフェイスを利用できます。
2. スマート ホーム インフラストラクチャの統一フレームワークとモデルを定義
Matter は、デバイスとは何か、およびその標準的なパラメーター セットを説明する明確な定義セットを作成します。
この統一された説明により、互換性のあるデバイスはメーカーに関係なく相互に通信できます。
Matter はまた、デバイスをネットワークにオンボーディングし、無線ソフトウェア アップデートを通じて展開されたデバイスのサポートを維持するためのプロセスを定義します。
3. 市場で実証済みのセキュリティ アルゴリズムの既存の基盤の上に構築
インターネット プロトコルを活用することで、Matter は、ルーティング、スイッチング、ファイアウォール タスク、およびエンド ツー エンドのセキュリティを処理できる、市場で実証済みのセキュリティ アルゴリズムとインフラストラクチャの強固な既存の基盤の上に構築できます。
図 3 に例を示します。

図3:この例では、ユーザーはスマートフォンを使用して Matter 対応デバイスの QR コードをスキャンします。追加のクラウド認証ステップが成功すると、デバイスは Matter ネットワークの一部になり、参加している他のデバイスと安全に通信できます。NXP提供の画像を使用。
これらのアイデアはスマート ホーム分野では目新しいものではありませんが、Matter は、すべてのメーカーが従うことができる統一された安全な基盤を作成することを目指しています。
Matter は、デバイスを Matter ネットワークにオンボーディングする前に認証し、参加するデバイスが本人であることを確認し、ネットワークに参加する権限を持っていることを確認します。
また、Matter は安全な接続を維持し、すべてのメッセージを保護し、安全な無線更新を可能にします。
オープンソースの標準として、開発者コミュニティには透明性があります。
4. シンプルさと信頼性を重視
消費者は、デバイスがどのように機能するか、または既存のスマート ホーム インフラストラクチャと互換性があるかどうかを気にする必要はありません。
代わりに、スマート ホーム デバイスはプラグ アンド プレイ エクスペリエンスを提供し、すべての顧客が技術的なことを心配することなくコネクテッド ホームのメリットを享受できるようにする必要があります。
また、消費者は既存のスマート ホーム デバイスを買い替える必要もありません。
Matter はブリッジ デバイスのサポートを含めることでこの問題に対処しており、多くのメーカーは、Matter 互換のファームウェア アップデートまたはブリッジ デバイスの追加により、既存の製品に Matter のサポートを含めることをすでに発表しています。



Amazon、Apple、Googleが、現在 Matter として知られる、プロジェクトコネクテッドホームオーバー IP(CHIP)により、スマートホーム市場で、事実上停戦を開始したとき、業界は相互運用性がいかに重要かを垣間見ました。
Matter は、消費者の採用が信頼性が高く安全なユーザー体験を提供するメーカーの能力に直接関係することを理解しており、さまざまな IP プロトコルで動作するデバイスを統合し、プラットフォーム間での通信を可能にするアプリケーションレイヤーです。
Connectivity Standards Alliance の Matter 認証により、製品は、Amazon の Alexa、Apple の HomeKit、Google のスマートホームエコシステムと互換性があり、最初の Matter デバイスが今年後半に市場に投入される予定です。
最も一般的なスマートホーム製品や音声アシスタントとの統合が容易であることに加え、セキュリティ優先の設計哲学を優先するアーキテクチャにより、幅広い新たなサイバー脅威に対しても強化されます。
メーカー向けのスマートホームデバイスの開発を簡素化することで、消費者が新しいデバイスを簡単に導入できるようにすることが、Matter 標準化の主な推進力です。
しかし、シンプルさと望ましい製品は、これまでのところ業界にしかもたらされません。
安全で機能豊富な製品の選択が市場にもたらす価値は、どれだけ誇張してもし過ぎることはありません。
ここでは、Matter に対する業界の姿勢と、この新しいコラボレーションの時代がスマートホームのイノベーションの舞台となることについて見ていきます。

5.Smart HomeのOS: FuchsiaとiRobot OS

Smart Home機器の組み込みOSとして、Googleが提供する「Fuchsia」とAmazonが提供する「iRobot OS」を紹介します。

目次

5.1 Fuchsiaとは

Fuchsiaは、Smart Home機器などのIoT機器の組込みOSとして、Googleによってゼロから開発されOSである。
IoT機器の組込みOSとしては、従来は「RTOS」や「Linux」が主流であった。
しかし「RTOS」は、IP通信機能が貧弱であり、「Linux」は、monolithicな構成のOSでありOSのカーネル部が大きくなる(肥大化)と言う問題がある。
メモリ容量などを大きくできないIoT機器用の組込みOSは、メモリ容量が小さいマイクロカーネル型のOSが向いている。
Fuchsiaは、Googleが自社開発した「Zircon(旧Magenta)」と呼ばれるマイクロカーネルを使用している。
「Matter 1.0」は「IPv6」を使用したIoT機器用の通信規格であり、IP通信機能が貧弱な「RTOS」ではサポートが無理であり、 カーネル部が肥大化する「Linux」ではIoT機器用のOSとしては相応しくない。
Fuchsiaは、そのようなIoT機器用のOSの課題を解決する最適なOSとして期待されている。
またFuchsiaがサポートするアプリ開発言語は、Googleが自社開発した「Flutter」である。
Androidのアプリ開発言語は、「Java」であったが、Googleは、Oracleとの激しい著作権争いがあったので、 古い設計思想の「Java」は捨てて、「JavaScript」的にも使える「Flutter」を開発した。

5.2 Fuchsiaは、スマートディスプレイ「Nest Hub」で採用

FuchsiaはGoogleが開発した第3のOSである。
このあたりの経緯は、Fuchsiaを採用したスマートディスプレイ「Nest Hub」の記事で紹介されているので、お読みになった方もいるかと思う。
2020年の発表時には、Fuchsiaを「汎用OSを構築するための長期プロジェクト」とGoogleは説明しているが、この「汎用」というのはWindowsやmacOS、Android/iOSのように「コンシューマーが直接操作する」ことは必ずしも意味しない。
そもそも先の記事にあるようにMagenta/Zirconというリアルタイムカーネルをベースとしているあたりからも、WindowsやLinuxとはそもそも「汎用」の方向性が違っているように思われる。
実際、最初にポーティングされたのはGoogleのNest Hubというあたりからも、RTOSと言ってよいかどうかやや厳しいものはあるが、組み込み向けを意識したOSであることは間違いないと思う。

図1 Fuchsiaの花

さてそのFuchsia、2019年9月にANSSI(French Network and Information Security Agency)のMickaël Salaün氏が行った説明のスライドがあるので、これを基にちょっと説明したい。
といっても、最初のページ(図2)にあるように、この情報はやや古い可能性がある。
さてOSのターゲットであるが、いわゆるエンドユーザーデバイスである。Nest Hubにポーティングというのも、まさしくエンドユーザーデバイスらしい。
もっとも、スマートフォンだのラップトップだのが出ているあたりは、それがそうしたデバイスのメインとなるOS向けなのか、それともそうした機器のサブシステムのOSを狙っているのかはよく分からない。
そして、目的がセキュリティ(Security)、信頼性(Reliability)、モジュール性(Modularity)というのは、LinuxベースのOSでは実現が難しいことをここで実現したかった、というように見える。

図2 本当はもう少し新しいスライドがないか探したのだが、見つからなかった

5.3 スクラッチ開発のOSだが詳細は不明

さて、スライドではスクリーンショットが幾つか公開されている(図3、4)が、こうした画面表示も標準でサポートしているというあたりは、やはり本連載で紹介してきたRTOSとはちょっと毛色が違う。

図3 これは簡単なアプリケーションの動作中のものだろう。右上の“DEBUG”が分かりやすい

図4 左は設定画面、右はWebブラウザだろうか。左の画面がAndroidっぽいのは、やはりGoogleなのでAndroidにおけるGUIの知見がそのまま使われているといったあたりか?

主な特徴として示されているのがこちら(図5)。

図5 アプリケーションとしてLinux VMをサポートしているというのがちょっと特徴的

ただAndroidやChrome OSのエコシステムを利用できるとしつつも、OS自身はスクラッチから開発されているのが違うところだ。
ただし、そのスクラッチからの開発の詳細が全く明らかにされていないので、正直よく分からない部分ではある。
基になるリアルタイムカーネルのMagentaは、Googleの20%ルール(業務の時間の20%を、直接目の前の業務とは無関係な、将来につながるかもしれない取り組みに費やす)から生まれたらしい。
その一方でGoogleは、2016年6月にディープラーニングのGoogle Magentaという、このリアルタイムカーネルとは全く関係ないプロジェクトを立ち上げている。
この名前の重複を嫌ってか、カーネルの方は2017年9月にZirconに名前を変更している。
もっとも、変更されたのは名前だけで、中身は全く変わっていないようであるが。そのMagenta/Zirconの特徴は先に図2で説明したようにセキュリティ、信頼性、モジューを実現するための核である。
そのZirconの特徴はこんな感じ(図6)。

図6 MMUがない、しかし64ビットオンリーというあたりがもう非常に珍しいというか、なんというか

MMU(メモリ管理ユニット)がないということはつまりページング(Paging)はサポートしていないという話で、その意味では実記憶ベースのカーネルである。
分類としてはマイクロカーネルの一種という扱いである。
64ビットオンリーというあたりは昔のMPUや最近のものでもMCUをサポートするのはかなり厳しいところだが、新しいOSということでの割り切りだろうか。
以前はC++に一部アセンブラで記述、となっていたがこのあたりはC++で書き直されたのかもしれない。
コードは10万行弱で、これはOSのカーネルとしてはそう大きくないレベルである。
MCUをターゲットにしたRTOSと比べるとかなり大きいかもしれないが、64ビットベースのCPUを使った機器(それこそGoogle Nestなどがこれに当たる)であればメモリも1G~2GB程度搭載するのは普通だし、そうした機器であれば問題なくFuchsiaが利用できると考えてよいだろう。

5.4 インテルCPUでしか使えない?

ではそのZirconカーネルを利用することでFuchsiaはどんなOSになっているのだろうか。
例えばセキュリティに関していえば、以下のように、なかなか徹底的な対策が施された構成になっている。
  • ZirconカーネルはCapabilityベースのオブジェクト指向型の構成になっており、デフォルトでプロセスを完全分離。
    リソースへのアクセスは、いちいちそのリソースへのGrant(許可)を行う必要がある。
    これにより、個々のプロセスのリソースアクセスが完全に管理できる
  • カーネル以外の、例えばシステムサービスなどはアプリケーションと同じくソフトウェアコンポーネントとなっている。
    これらは独立したコンテナとして扱われ、明示的に宣言された機能のみしか利用できない
  • アプリケーションソフトウェアは、自己充足型のパッケージの形で提供される。
    つまりアプリケーションに必要なコンポーネントなどを全て含んだコンテナとして実行されることになり、外部のパッケージとリンクしたりしない
  • FuchsiaはAmbient Authority(包括的な権限)が一切存在しない。
    全てのコンポーネントは、自身のコンテナ内のみにアクセスできる。
    同様に、Global File Systemは存在せず、それぞれのプログラムには(File System操作のための)独自のLocal Namespaceが提供される
ただ、ここまで徹底的に分離(Isolation)を施したら、OSとしてどうやって動作するのか? という話だが、当然IPC(プロセス間通信)のスキームは用意されている。
それがこちら(図7)だが、Fuchsiaではライブラリの呼び出しすらも広義のIPCとして捉えられており、FIDL(Fuchsia Interface Definition Language)を利用してこれを記述する格好である。

図7 いわゆる一般の意味でのIPCももちろんサポートはされている(これもFIDLで定義する形)

こういうものなので、いわゆるシステムライブラリに相当するものは一切なく、libCですら依存関係として表現されるので、ソフトウェアがそれを必要としない限り提供されないという徹底ぶりである。
ただ逆にFIDLできちんと機能とデータ交換のプロトコルが一致した形で記述されていれば、あるコンポーネントを丸っきり別のものに入れ替えることも容易、というのは他のOSでは見ない特徴である(図8)。

図8 FIDLの記述例。いわゆるライブラリの呼び出し方法などをこうした形で記述する

ここまでいろいろ厳しいと、Fuchsiaを使ってのアプリケーション開発が結構面倒に思えるのだが、そこはGoogle。
Fuchsiaは、モバイルアプリケーションフレームワークの「Flutter」によるアプリケーション開発が可能である。
Flutterは、Android/iOS/Windows/macOS/Linuxという複数のプラットフォームに対し、ソースコードの変更なくそれぞれのプラットフォーム向けのアプリケーションを構築できるツールであり、ここにFuchsiaも含まれているというわけだ。
さてこのFuchsia、先に紹介した記事にあるように、2019年にWebサイトが公開され、2020年12月には一般の開発者もここに参加できるようになっている。
本当はその2020年12月以降の数字をお見せしたかったのだが、残念ながら資料が見つからず、2019年までの数字であるが、Commit数(図9)は月間2000回と比較的活発であり、Committerの数も次第に増えている(図10)。

図9 2018年以降はほぼ月間2000commit程度で安定している


図10 この数字の大半はGoogle内部の開発者であり、現在どの程度外部の開発者が増えたのかは気になるところ

2019年の段階では、やはりGoogleの中の人による開発がメインであるが、中には100以上のCommitを行った外部の開発者もいるようだ(図11)。

図11 今後はアクティブなCommitterをどう増やしてゆくかもテーマの一つだろう

直近で言えば、2021年9月のFuchsia F4に加え、2022年1月にはFuchsia F4.1がリリースされたばかりである。今は、x86と64ビットArmのみがターゲット(ただし64ビットArmのサポートは“very limited and not recommended”とある)としてサポートされているが、そのx86も“AMD CPUs are not actively supported”なんてあるあたり、現時点で環境がちゃんとそろっているのはIntelのBroadwell以降のCPUと、後はFuchsiaのエミュレーターを使う(これはきちんと提供されている)しかない。
ただ逆に言えばこれからの伸びしろがある、という言い方もできる(ちなみにAMDとIntelで何が違うのかというと、周辺のドライバのサポートということになる)。
ライセンスは、ZirconカーネルがMIT License、User space componentsはBSD LicenseないしApache 2.0 Licenseでの提供になっており、必要なら商用も可能(だからこそNest Hubに実装できたわけだ)である。
どちらかといえば、RTOSというよりは組み込みLinuxの代替という扱いかもしれないが、なかなか面白いOSだと思う。

5.5 iRobot OS

●「iRobot OS」とは
「iRobot」社は、2022年5月に「iRobot OS」を発表した。
これまでは「iRobot Genius Home Intelligence」と言われていたソフトウェアで、すぐに機能向上につながるものではなく、将来の機能発展に向けたものだという。
iRobot CEOのコリン・アングル氏は、「iRobot OS」は、空気清浄機(iRobotは2021年にAeris社を買収している)など他のデバイス上でも動作するものであり、「クラウドベースで家庭を理解する『ホームナレッジクラウド(home knowledge cloud)』だ」と語っている。
iRobotのデバイスがこのナレッジにアクセスすることで、家庭のなかでの知識を共有し、何をするべきかを知ることができるものだという。
人は家のなかで動き回る。キッチンにいるときであればリビングのなかで掃除機や空気清浄機が音を立てても気にならない。
各デバイスが連携できれば、そのような制御を自動で行えるようになる。
家全体がロボットになるとはそういうことだ。
これは10年以上前からアングル氏が言っていた「家庭内の執事のようなロボットを実現させたい」という思いをより一歩前へと進めたものだろうと考えていた。
これをアマゾンはそのまま手に入れることになる。
●評判のよくなかったAmazonの「Astoro」ロボット
アマゾンは「Astro(アストロ)」という車輪で動き回る家庭用ロボットも開発している。
プレスリリースされたのは2021年秋。
タブレットとカメラがついていてユーザーを顔認識し、動き回れるスマートスピーカーEchoのような機能を持っている。家庭用のマップも自分で作る。
その後、限定的なかたちで販売されている。価格は999ドルだ。
しかし、実際に使っているユーザーのレビューを読むと、評判は良くない。
Alexaが使いたいだけであれば、別に動き回ってもらう必要はない。
タブレットを各部屋に置いておくほうがむしろ実用的だ。
はっきりいうと、Astroは失敗に終わりそうなデバイスである。
ちなみに、このAstroに掃除機能があれば、というぼやきは当初からあった。
これは「移動ロボットあるある」で、「どうせ動き回るのならば掃除くらいしてくれ」と言われることは家庭用・業務用問わず、よくある。
●「iRobot OS」を手にいれたAmazon
2022年8月5日、アマゾンはiRobotを買収すると発表した。純負債を含む取引額はおよそ17億ドル。
「あのアマゾン」が「あのiRobot」を買収した。
この業界全体に与えるインパクトと、日本円でおおよそ 2,200億円あまりと、家庭用掃除ロボット最大手としては意外と安い金額であったことも多くの人の注目点となっている。
iRobotを手に入れることで、アマゾンは家庭内を動き回り、かつ実用的な仕事をしてくれるロボットを、自前で開発する必要がなくなる。
今後、アマゾンがロボットをどのように使うか、あるいは発展させていくつもりなのかはわからないが、そのためにまず重要な足がかりを得ることができるわけだ。
個人の家庭に入るために、一番高い敷居を超える。
そのためにアマゾンはiRobotを買ったというのが端的な答えだろう。